つながった

先日、ケーブルテレビで「太陽にほえろ!」の再放送を見まして。
その話が「長さんが粘りの捜査で犯人を見つける」と言う話で。
最後にボスが「これで俺も**(本庁の特捜の責任者)に胸を張って言えるよ。粘りの無い捜査なんて、捜査じゃ無いってな」というのです。
そうだよなーと思うことがありました。
ちょっと前に日記にマニアックな話で
アメリカはプラスチックと鋳鉄文化である」
をネタにして、その中で
「管楽器用プラスチック・リードとウクレレのプラスチック製指板の見た目の印象が重なる」
ということを書きました。
つながりました。本当に。プラリードとプラウクレレ。
灯台元暗しとはこのこと。ウクレレ界では有名な「TVpal」や「アイランダー」等のプラウクレレの設計者(がこの人物であることも知らなかった)マリオ・マカフェリ…ジャンゴ・ラインハルト愛用の「セルマー・ギター」の設計者にして、かのアンドレセゴビアとも並び称された時期もあったギタリスト…が実はプラスチックリードの開祖でした。

ネット情報、文献等をあさっておおむね分かった事ですが…
順を追って説明します。
セルマーギター(サックスの最重要メーカーの一つH・セルマー製ですよ)はH・セルマーが「俺、ギターなんてよくわからン。お前にまかすワ」とマカフェリに設計製造販売まで統べて任せた商品で、1933年、おそらくはセルマー本人と喧嘩(推定)してマカフェリ退社後数年で製造打ち切り。幻のギターであります。
そしてマカフェリは本業(と自分では思っていたと考えられる)のギタリストとして演奏活動をしていたがプール事故で腕を骨折。演奏を断念。
ここで謎といえば謎なんだけど、フランスでリード職人として修行をするのです。
セルマー社に居た時に「商売になる」と考えたのか、セルマーにもう一度頭を下げたのか(それはなさそうだけど)セルマーの鼻をアかそうとしたのか(こっちのほうが面白い)…
アメリカに渡り「フレンチ・アメリカン・リード社」(凄い名前だけどホントらしい。証拠にウクレレにこの名称が入っているらしい。http://page.freett.com/akira1/OTHER-U2.HTMまるで古いヤマハの風呂釜に「日本楽器製造」と書いてあった頃のような話し)を作る。
そして不況、ヨーロッパ戦線の拡大、大戦勃発によるフランスからの原材料枯渇に対し、プラスチックでリードを作るのです。
それをベニー・グッドマンが使用して「フレンチ・アメリカン・リード社」のプラスチックリードは有名に…と大抵の資料にあるのですが、管楽器奏者は多分みんな知らないよネ。どのあたりで有名なのだろうか…
ちなみにウクレレ、ギター系の資料には当然指摘がありませんが、当時グッドマンが使用していたクラリネットセルマー製だったのは皮肉と言うか面白いと言うか。

そして大戦後、「MASTRO社」を作り、プラウクレレの銘記「アイランダー」や、ウクレレの大衆化に多大な貢献をはたしたプラウクレレ「TVpal」を作るのです。

現在知りたいのは「ブリルハートの『Enduro』というプラリードがマカフェリ・リードとは別物か否か?」ということと、マカフェリがイタリアン・ジューイッシュだったのか?ということです。
もしユダヤ系の人物であれば、なかなか面白い人物関係図が描けるのですが。

しかし本当にプラリードとウクレレが結びつくとは…
少し自省しているのが、以前から言っている「学問の横のつながり」なのです。
好きなモノ同士のことだったのに、灯台元暗し。これからはあんまり偉そうな事言えません…

そして文献で面白かったのがセルマーギターの歴史の本
ちっちゃく註で
セルマー社は管楽器のメーカーとして現存する」
の一文。
これ逆に、仮にギブソンの管楽器があったとして(実際にはないヨ)それが物凄い銘記で、後に紹介する本が出て、それに
ギブソン社はギター、ベースのメーカーとして現存する」
とちっちゃく書かれているようなもんですよネ。
いやー同じ「楽器」というジャンルの物体同士なのに、そして「20世紀ヴィンテージ」があるモノ同士なのに、それぞれ、まっっったく関心が無いのですヨ。弦楽器と管楽器。

楽器学みたいなモノがあるとすれば、総合楽器学(音響学、構造学、歴史学)みたいなもの、絶対に必要だと思うんだけどナ。
弦楽器鍵盤楽器打楽器管楽器民族楽器…そして録音機器とホールの音響、PAとスタジオ設計も。
あとは脳科学認知心理学だな。

とにかく直感が正しかった事にすこしビックリ。
以前愛用していたセルマーの古いバリトンが1933年製だったので年表の33年を「何があったかなー」と見て「マカフェリ退社→そこまで製造した商品のパテント表示にスミを塗って出荷」という泥沼バトルを知り、ギャー。

そしてこの項、いつの日か更新…