蕎麦と音響(31日午前零時に「本日の…」書き足しました)

よし。魔の一日?を乗り越えたぞ。
というわけで昼間見た新聞の広告、蕎麦の本なんだけど、とにかく日本中未知の蕎麦を尋ねても尋ねても新たなる味覚の蕎麦が…という紹介文読んで
「…蕎麦でABXテストやったらどうなんだろ?」
と思った次第です。
ABXテストとは、差異の分かりにくいモノを比較するテスト方法で、先入観や暗示を確実に排する究極の比較法…らしいんだけどまだ試した事が無い。最低二人いて、サイコロふって割り振るだけなのですぐできるンだけど、比較したいモノが今とくにないからネ。とにかく音響オーディオ関連の機械に一番有用だと思う。楽器とかもネ。
でも蕎麦の場合音響製品と違って、その時美味しければ良いわけで、先入観&暗示…すなわちお店ならお店の雰囲気、本人のコンディション、気の持ち様、全てひっくるめての味なわけで、わざわざ比較する必要は無いと思うヨ。
でもなんでABXテストなんていう色気のない単語を思い出したのか。多分共通する何かを感じたのですヨ。日本人の食べ物やモノに対する向き合い方として、共通の何かがあると思う。
微妙な蕎麦の味の差を、分かるまで食べ、こだわる蕎麦好きの心境と、道具の、目に見えない、聴こえない程の微妙な差異(差異の分からない差異に意味があるかどうかは別にして)にこだわる「道具使い」の心境と。
日本人のなにかがあるよネ。多分。
もちろん良い悪いでは無いんだけど、一歩間違えるといろんな意味で悪くなる。ヤバくなるヨ。
選ぶ、という行為を見ると、いつもその人の深い何かを見ている気がするのです。慎重に選ぶにしろ選んで無いように見えるにしろ一貫性や法則を見るとなにかが浮かんでくる。
その価値観って、実はいわゆる「国民性」なんていうヌエのような平均値に関わってくる気も。なんていうと大袈裟だけどサ。
考え過ぎにゃー