こんなとき

あなたならどうします?

信号待ちをしていたのです。
歩行者用。
隣に60代?50代後半かもしれませんがとにかくそのぐらいの年代の男性が立っておりました。
ノビをしてよろめいたか、意味無くなんとなくなのか、後ろに一歩その男性が下がったのがタイミング悪かったのです。
後ろをすり抜けようとした女の子(高校生〜20代?)二人の自転車が男性の腰部に衝突。

それでもそこまでは身近に転がる軽い事故。いつ何処で起きても、加害者になっても被害者になっても不思議のない光景でした。
問題はここから。
女の子二人は、パニックを起こしたのかなんなのか?
爆笑を始めました。
男性は腰部を押さえています。痛そうです。
でも爆笑は止まらず、男性もつられて?笑い出しました。腰は痛そうだけど。

唖然として私が観ていると女の子二人は
「今のどっちが悪いの?」
「さあ?」
と言いながらあっというまに去って行きました。

男性と私は青信号になっても呆然と立ち尽くしておりました。

さて、信号を渡りながら
「…この場合どうしたら良かったのだろうか…」
と考え込んでしまいました。

女の子が爆笑した時「謝れば?」と言おうか?
と、一瞬思ったのです。
しかしその言葉を飲み込んでしまったのは「第三者が、ただただタイミングが悪かっただけの事故に『謝れ』と言っても、反省するよりも前に反発が先に立って、最終的に謝ってもそこに謝罪の気持ちは無いだろうな」
と考えてしまったからなのですヨ。
厳密に言えば軽車両と歩行者の事故なので、自転車側が法的には圧倒的に悪いのですが…そんなこと言っても通じないだろうし…
謝ったほうが良い?謝る?いや、謝って欲しいいんだけど、反発された時にどう言えば良いんだ?納得するのだろうか?

自分が女の子の立場なら一も二も無く謝っちゃうだろうなあ…

そこでやっと気がつきました。
女の子に「謝って欲しかった」のでは無くて、男性の身体をいたわって欲しかったのだと。
謝らなくても別に良いから「大丈夫ですか?」の一言が欲しかったんだ。
あくまで第三者の無責任な考えですが。

謝る、謝らない。正しい、間違っている。責任がある、無い。強い、弱い。

こうした二元論って、他人に対する想像力やシンパシーをどんどん失わせる気がするのですヨ。
他人とは、個人、コミニュティー、国家、人種、と、ミクロマクロを問わず、です。

日本人人質事件(世間を、人質&家族叩きに向かわせた、世論操作に対する怒りはまだまだ消えないぞ俺は)に関する、人質&家族を攻撃する言論を突き詰めて行くと、その根拠、あるいは論理を構成する一つ一つの要素が、統べてそうした二元論であった事を思い出させます。
でもホントはたんなる感情論(マスコミの「報道」や週刊誌、一部ネット等様々な「情報」で作られた「人質&家族の人物像」を見て、感じた嫌悪感の言語化)なんだから気持ち悪かったわけですヨ。叩く方の理論武装

…横道にそれたけど。
なんにせよ、二元論で観る世界って、寂しいよナー
二元論の理論武装って、むしろ頭つかってないんだヨね。
フローチャート的に分類していけば良いだけだから。

優しい感情のアンテナも張らないし、そしてなにより、実は頭も使ってないんじゃないか…
理論武装して、世の中に「正論」をふりまく人も、自分とぶつかって痛そうにしている人を前にして「誰が悪いの?」「さあ?」という女の子も同じなんじゃないか…

なんてことを思いながら、腰をさすりながら去って行く男性を見送ったのです。