どこまで当ててどこまで外すか

サックスの「100%正解」な状態ってなんだろう?とよく考える。
そりゃもう、設計通りの造りでロウ付けの失敗板金の失敗焼き鈍しの失敗等が一切無く、設計値通りのキイの開き具合閉じ具合に調整されている状態が、本来なら100%正解なはずだ。
しかし上記の条件の内、製造上のミスはさておき、調整に関してはメーカーの設計値通りにしている場合は意外と少ない。
これは調整職人のこだわり(面白い事に、これが最大の理由)だったり、演奏者の好みや癖との兼合いだったりする。
ましてやマウスピース(唄口)やリード(葦素材の振動体)の組み合わせに至っては本来のバランスをいかに崩すか?が当然となっている。
これも考えてみればメーカー純正のものが本来出荷段階での100%の正解バランスなはずなのだ。
セルマー社製の楽器にはセルマーのマウスピースが。同様にヤナギサワにはヤナギサワが、ヤマハにはヤマハが…純正同士なら音質も音程も統一感が完璧だ。
しかし実際には、世の中の大半の奏者が、如何に「絶妙に外すか」「面白く外すか」に(確信犯として)血道をあげる。俺自身もそうだ。
しかし面白い事に、そうした行為を「あえて外す」行為だと考えていない演奏家も多いのだ。

100%当りは簡単。100%外しは少し難しいが『当り10%外し90%』の状態くらいなら簡単に設定できる。
問題となるのはいかにツボをつく外し方ができるかであり、個人的には「ジャズ、ポピュラーの場合、それはおそらく『当り50%外し50%』より『外し率』は増えないのではないか?」と考えている。
ジャズで良く言われる「定番マウスピース(アルト=メイヤー。テナー=オットリンクのメタル)」は、その辺りのさじ加減が自動的に行われ、絶妙の割合で外してくれる。落とし所が決め易いのだ。
クラシックだと『外し』の許容パーセンテージは少ない。精々『当り90%外し10%』といったところか。

でも実際、マウスピースやリード、リガチャー等を選ぶ人々を見ていると、その「外し」のポイント探しと言うよりは「当り」探しのつもりで選んでいる人が意外に多い気がするのだ。
で、当然ながらそういうつもりだとなかなか見つからない。
それだったらメーカー純正がほぼ当りでは?と思ったりするのだが。

リガチャー(リードを固定する部品)も「落とし所」ではある。
この場合、直接音に影響するのでは無く、まず奏者自身にフィードバックする「吹き心地」に影響する。
「吹き心地が良い→安心して吹き込める→リラックスして尚且つ方向の定まった息がポイントを当て易くなる→音色が良くなる」
という図式なので、逆に言えばまったく気にしなければ意外となんでも良かったりもする。実際そういう演奏者の場合、リガチャーを変えても音の差はほとんど無い。
リガチャーを変えた直後は「コレ良い!」と思うことしばしばである。大概は、それまでのフィードバックに対して慣れて無いフィードバックが新鮮で、楽に感じたりパワフルに感じたりと、要は相対的なモノである。しかし実際に出る音も変わる。
これは、フィードバックの微調整が効かないので吹き込む息と抵抗感のバランスが微妙に違うので、吹き込み方が本人の意識の外で変わり、結果音も変わるということ。もちろん良い悪いではない。
そしてしばらく使うと感覚が慣れてしまいフィードバックの微調整が済んでしまうとリガチャーを変える前とほとんど変わらなくなるのだ。

ギターやベース、ウクレレ等で言えば、ブリッジ、サドル〜ナット、ペグにあたる部品である。そう考えると不思議だ。
ギター等でもこだわる人はこだわるが、それほど大仰に取り上げる人は少ない。弦楽器のブリッジ等とリガチャーの違いは何か?
おそらく上記のように、管楽器の場合、空気の振動をさせる為のエネルギーが体内に直接フィードバックしてくる為、そのエネルギー効率に関わる部品の重要度が変わってくるのでは無いか?

なんてことを、楽器を選定しながら考えました。

ヤナギサワのバリトン、良いよー
B-901。軽くて。
マウスピースはヤナギサワのラバーがやはりバランス良い。
女の子が吹く為の楽器を選んだのだが、この場合、体格音楽性含めてこれ以上の選択肢はないゼ。
今回の落とし所はリガチャーで、ヴァンドレンの、昔ながらのひょろっとしたリガチャー。その女の子の体力、パワーとつり合わせるにはこれもベストな外し方な気がする。

で、お店で交渉等していたら奥の試奏室から個性的なフレーズが聴こえ、覗いて見ると見なれた人物が。
あら菊地成孔さん。エスプレッソ大谷氏もいる。
ソプラノ・アルト・テナーと選定するとのこと。うひゃーそれはホントに大変だ。お疲れ様です。
成孔さん、御本人用のアルトで迷っている二本を指差し「どっちが良いと思う?」と俺に聞く。
「え?見た目ですか?」「そう」「…見た目ッスか…こっちのシルバーの****の方がいかにもソレっぽい(?)と思いますけど…」「でもさあ、これだと俺、指輪とピアスがシルバーで、いかにもさ、揃えてます感が強いよね(笑)」「あ、それならこっちの***でしょうネ」

楽器の落とし所、外しのセンス、そして音楽の落とし所、外しのセンスは、それだけで独立したモノでは無く、思想、ファッション、言動全ての落とし所、外しと密接に関わっている事に留意!

それにしてもこの質問。
自分の中にある程度答えがあるのにあえてするわざわざなこの質問の仕方には…なぜか非常に共感するモノが…エー?なぜだ?
帰宅後、のこのこにこの話をしたら一言。
「AB型っぽいねー」
血液型。成孔さんAB型、俺AB型。
それなのかな?ホントかな?
そしてそう言うのこのこ本人もAB型なのでした。